元不登校生インタビュー「学校に行かない」という選択をしたからこそ見えたものとは…

horikoshi明治大学を卒業し、現在は大手企業で社内研修の企画をされている堀越さん。今だからこそ話せる不登校時代の話や「学校に行かない」という選択をしたからこそ見えてきたもののお話を伺いました。

「学校」という場所が合わなかった

ーー何がきっかけで学校に行かなくなりましたか?

一つは小さい頃から、学校が嫌いだったというのがずっとありました。
「みんなと一緒に何かしなくてはいけない」というのが苦手で、昔から1人でいるのが好きだったけど、周りから1人でいると可哀想な子と見れるのが嫌でした。
学校の先生も輪の中に戻そう戻そうとしたけどそれが苦痛でした。

そんな感じでしたが、小学校と中1ではそんな大きなトラブルもなくやってこれました。
中2になってクラス替えがあった時、気の強い子ばかり集まったクラスに入ってしまい日頃から悪口がすごかった。
そんななかで、仲良くしていた子がいじめの標的になってしまいました。
体育の前に、体操着を捨てられるとか本当にひどかった……。
いじめにあっている子と普通に接していたら、それが気に入らなかったみたいで、ターゲットが自分に向いてきました。
その状況が約半年間続いて、自分では我慢出来ると思っていたけど、徐々に体に症状が出てきて限界だと思い行かなくなりました。

ーー相談する人は周りにいましたか?

変にプライドが高いから、自分がいじめられているというのが格好悪いと思って認めたくなかった。
兄弟がクラスの人気者タイプで、親には兄弟と比べるとダメだねと言われていたので、ダメな自分を見せたくなくて言わなかった。
先生も、友達がいじめにあった時の対応をみて何もしなかったから話しても無駄だなと思ったので何も言わなかった。

ーー不登校になった期間は?

中学2年生の11月から学校に行かなくなり、その後、1週間部屋に閉じこもってました。
そこから保健室か相談室や特別支援学級に通っていました。登校はしていたけど、教室には行ってないという感じです。

ーー保健室は逆に行きづらいという方も多いと思いますが?

保健室は休み時間になると生徒が来るから居づらいし、相談室はスクールカウンセラーがいて嫌だった。
わかった気になって横にいられるのが嫌だった。
唯一、特別支援学級の先生が信頼できる先生だった。
特別支援学級は、みんなが好んで行かないのでそこで長く過ごしていました。
登校して最初は、保健室にいるんだけど、隙を狙ってそっちに移動するというスタイルでした。

ーー高校に入ったら学校に完全に行けるようになりましたか?

最初は私立の高校に入学しました。
高校デビューじゃないけど、ストレートパーマをかけたりと外見を変えたり、周りにも明るく振る舞ったりしてやり直そうと。
同じ中学から来てる子が3人いて、段々と自分の中学時代のことを言いふらされるようになりました。
それが学年全体に知れ渡り、歩くだけでコソコソと噂をされるようになりました。
次第に耐えられなくなり、高校1年の夏休みに入り、また学校へ行けなくなりました。

定時制高校での転機

翌年の4月から定時制高校に入学しました。定時制高校は、家からも遠くて過去の自分を知らない人ばかりで通えるようになりました。
色んな子もいたし、年齢もバラバラだった。「こういうところが日本にもあったんだな。」と思える環境にいけたことは大きな転機でした。
普段なら接しないような子たちとも、共同作業などで、距離がちょっとずつ縮まっていきました。

学校行かなかったからこそ見えてきたもの

今思うと「学校に行く」ことが楽しいという気持ちが理解出来なかった。
周りの大人たちからは教室に行くように促されたけど、「行かない」という自分の意思表示があの時出来たというのが意味のあるものだったんじゃないかなと思う。
学校という、画一的なところになじめない子はいっぱいいるはずだし、馴染み続けるってすごい辛いことだと思う。
自分を押し殺していかないとやっていけないところだから、押し殺すところまでいかなかったのがよかった。

周りの人たちは、何の疑問も持たずに中学から高校、大学へと進学をしてきました。
「みんなが行くから行きます」という人たちと違って、自分の意志で入学しなおしたりなど自分で考えて行動をし、選択してきたのが自信に繋がった。会社に入社して嫌なことがあっても、あの時に比べたら全然平気だと思えるようになったし、意志の切り替えが早くなりました。

一人一人が、「それぞれの個性を尊重する」ということが出来たら、悩んで苦しむ子たちが減っていくのではないでしょうか……


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